笹山登生のウォッチ&アナライズ –


2009年11月22日

デフレ・スパイラルから逃れられうるマイナス金利のスキームを日本でも検討すべきとき

Category: 未分類 – Tatsuo Sasayama – 6:47 PM

昨日、鳩山民主党政権の「デフレ宣言」についてのあまりの無策さをブログ「なんで、いまさら、デフレ宣言なの?」に書き連ねているうちに、途中から、スウェーデン中央銀行やイングランド銀行で目指されている「マイナス金利」の話題へと、途中脱線してしまい、そのうちに、そこの部分だけが、肥大化してしまったので、ここで改めて、そこのマイナス金利の部分だけを取り上げて、ここで再述してみたい。

日本のデフレ・スパイラルの最大の原因は、政策金利の非負制約にあり

つまり、日本がデフレ・スパイラルなりデフレの罠(Liquidity Trap)に陥っているその最大の原因として、政策金利の非負制約という問題がある。

これ以上、政策金利を下げてしまうと金融政策そのものの無力化がおこってしまう、そのまさに、世界の悪しき模範例が、日本のゼロに近い政策金利であり、このことこそが、日本の「失われた十年」を生んだ元凶ともいえるということだ。

バスケット・ボールで、あまりに低い位置でドリブルを繰り返していると、そのドリブル自体が不可能となり、ついには、ボールが床に停止してしまうのと同じ様相だ。

低金利先進国日本を追い越す非負制約回避スキーム作りの動き

リーマン・ショックを境にして、世界各国が低金利へとなだれを打っている。

現時点ですでに政策金利が1パーセントを切っている国は、日本(0.1%)カナダ(0.25%)アメリカ(0.25%)スウェーデン(0.25%)イギリス(0.5%)香港SAR(0.5%)となっている。

しかし、ここに来て、それらの政策金利を限界にまで下げてしまった国の中には、すでに、日本と同様の非負制約での金融政策の行き詰まりを見越し、低金利先輩国の日本を通り越して、非負制約を避けうる措置として、マイナス金利の政策を試行し始めている。

スウェーデンとイギリスだ。

「ネバーアゲイン!真珠湾」ならぬ「ネバーアゲイン!ジャパン’ズ・ロスト・ディケード」(Never Again! Japan’s “Lost Decade”)といったところなのだろう。

マイナス金利スキームの二人の理論的主導者-Willem BuiterとGreg Mankiw-

これらのマイナス金利の理論的な主柱となっているのが、「なんで、いまさら、デフレ宣言なの?」にも書いたように、Willem Buiter氏とGreg Mankiw氏である。

前者のWillem Buiter氏は、デフレの罠から逃れるためには、二つのオプションしかないとしている。

ひとつは、需要喚起策であり、もうひとつは、”Taxing currency”によって、『負の名目金利』(negative nominal interest rate)(マイナス金利)を’carry taxという形で課することである、としている。

スウェーデン中央銀行のマイナス金利スキーム

スウェーデン中央銀行(Riksbank)は、このWillem Buiterの考え方の基に、今年の7月から、次のようなスキームを実施中である。

すなわち、2009年7月2日に、Riksbankは、政策金利(レポ・レート、Repo Rate)を、それまでの0.5パーセントから、0.25パーセントに引き下げた。

同時に、2009年7月8日からは、Riksbankに口座を持つ商業銀行の預金口座の預金金利(Deposit Rate)を、マイナス0.25パーセントへ、Riksbankから商業銀行への貸し出し金利を、0.75パーセントへ変更した。

商業銀行の預金平残がいくらかにもよるが、理論的には、政策金利を0.5パーセントから、0.25パーセントに引き下げても、中央銀行の商業銀行に対する預金金利をマイナス0.25パーセントにすることによって、商業銀行に対する実質金利は、もとの0.5パーセントと実質同じ水準に維持でき、非負制約から一定の解除ができる、という、フローティングの考え方に基づくもののようだ。

これを日本の日銀に当てはめてみると次のようになるであろう。

現在、利息ゼロの日本銀行当座預金をマイナス金利とし、-0.25パーセントにし、無担コール(オーバーナイト物)レートを0.75パーセントにする、と、同じ意味になるのだろう。

ただ、
マネタリーベース=「①日本銀行券発行高」+「②貨幣流通高」+「③日銀当座預金」
なので、③のマイナス金利化によつて、③の平残が減少するであろう分を、①②でどの程度補うか?というところに、中央銀行ベースでの裁量の幅が増えてくるのかもしれない。
今まで、③の残高は、与件でしか過ぎなかったのであろうから。

また、スウェーデンの場合は、商業銀行の中央銀行への預け金のみを対象にしているのだから、やや、限定的なマイナス金利政策とも言えるのだが、これが商業銀行の個人口座預金金利にまでも及ぶには、もう一工夫が必要なのかもしれない。

なんか、これを見ると、FX取引において、ロングもショートも、マイナスのスワップ金利となってしまう、というようなことを連想してしまうのだが。

イングランド銀行(BoE)でも、同様の考え方を検討のようだ。

イングランド銀行では、QE(quantitative easing)と呼ばれる量的緩和措置と同時に、King総裁は、9月時点で、マイナス金利について、スウェーデンの例を引き合いに出して、「スウェーデンのやり方は排除しない。マイナス金利は、ひとつの考え方である。」と、前向きのコメントをしている。

参考「Will UK interest rates go negative?
Taxing currency as a way out of a liquidity trap

Willem Buiterが考えている、よりドラスティックなスキーム

これらの考え方の元になっているWillem Buiterは、さらに、ドラスティックな考え方を持っているようだ。

一言で言えば、『同じ金(カネ)でも、残高として保有していれば、時間価値の損傷を免れるが、通貨として交換機能を行使すると時間価値の損傷を受けるので、人々は、通貨としての機能行使(消費)を先延ばしにし、消費せず、残高として温存するために、デフレの罠が生まれる。だから、残高の価値と通貨の価値をイコール・フッティングにするために、残高に対して、キャリーイング・タックスというべきものを課し、保有残高に対しても、時間損傷が起きるようにすればいい。』という考え方にもとづくもののようで、この考え方は、後に述べるGreg Mankiwの考え方とも、あい通じている。

すなわち、Willem Buiter氏は、名目金利が非負制約を受けないために、次の三つの方法があるとしている。(かなりドラスティックな案ではある。)

①通貨を廃止し、国民すべてが、中央銀行に口座を持つ。その場合、その口座に対しては、プラスの金利とマイナスの金利の両方が時に応じて、かかる。

②通貨の保有に対して、キャリーに応じて税金がかかる。

③新しい貨幣の導入(rallodという名の世界通貨)によって、口座の残高として価値と、交換手段としての通貨の価値とを、デカップリングする。

参照「The wonderful world of negative nominal interest rates, again

このうち、とくに②の考え方は、通貨価値も老化しうるという考え方であり、オプションのタイム・ディケイ(満期が近づくにつれて、オプションの時間価値が減っていく。)の考え方に似ている。

マイナス金利の発想の元は、地域通貨の始祖ゲゼルにあり

この②の考え方をさらにさかのぼると、地域通貨の祖ともいえる存在のゲゼル(Silvio Gesell)の考え方に行き着くことができる。

すなわち、ゲゼルは、通貨へのスタンプを義務付けるという案を提唱し、これによって、通貨の家庭内埋蔵をさけることを意図した。

ひらたくいえば、「毎月10円分のスタンプを貼らないと1万円札は使えませんよ」というような案のようだ。家庭内で貨幣を埋蔵していれば、それに対するキャリーイング・コストがかかるというシステムである。

Greg Mankiwのマイナス金利の考え方

一方、Greg Mankiwのマイナス金利の考え方は、次のようなものである。

「金を借りたよりも少なく返すことを条件に、金を貸すことは、マイナス金利の概念があれば可能である。
rを実質利率として、今日の商品価格をベースにして、明日の商品価格の相対価格をあらわすとすると、1/(1+r)であらわされうる。
経済理論の中で、この明日の商品価格の相対価格を一以下にする必要とする経済理論はあるのか?
在庫負担というものがある限り、私は一以下に相対価格はなりうると思う。
りんごの価格がなしの価格に満たなかった場合、明日の消費価格は、今日の価格に満たない。
もし、人々が、消費することを延期することを望んでいたとすると、明日の消費は、今日の消費よりも、より高価格とならざるを得ない。
このことは、平均の実質利率(r)が負であることを意味している。」

いってみれば、残高として持っていればキャリーイング・コスト・ゼロで減価しないので、ひとびとは、残高を通貨としての機能を行使せず、消費を先延ばしして、残高として退蔵している、というのが、今のデフレの罠の元凶ということになる。

いつまでも腐らないりんごならば、決して、今日、買うことはないだろう。

Greg Mankiwのマイナス金利の考え方については、次のサイトをご参照
Observations on Negative Interest Rates 」「More on Negative Interest Rates
Negative Interest Rates

いつまでも腐らないりんごならば今日は買わない

何やら、この考え方は、ますます、オプションの考え方に極似してくる。

つまり、キャリーイング・コストがゼロでない限り、明日の消費価格は、今日の消費価格よりも、時間価値の損傷を受けるということである。

りんごが腐る時期が、満期日(たとえば一週間後)とすれば、満期日よりも、より期先(つまり、今日)のほうが、時間価値が多いということになる。

幸か不幸か、現在の預金残高ベースでは時間価値の損傷を受けないにもかかわらず、その残高が引き出され、通貨として交換手段の機能をする段になると、その対価となる商品価値は、時間価値の損傷を受けるのだから、人々は、通貨を使わずに、消費を延期し、残高として溜め込むことで、デフレの罠が仕込まれる、ということになりそうだ。

預金残高が通貨として交換手段として消費に向かわせるためには、オプションにおける満期日に近づくほど時間価値が減価するという概念が導入されないと、残高として退蔵され、通貨として消費に回らない。

オプションがSQ日に近くなればなるほど、取引が活発化するのは、このタイム・ディケイがあるがためと、自ら買っていたオプションの行使価格がOTMとなってパーとなってしまうことによるものである。

これらの二つの要因が、満期日前の反対売買を加速させているのである。

マイナス金利政策は、ビッグプッシュ財政政策とのミックス・ポリシーが必要

もっとも、私からいわせれば、これらWillem BuiterとGreg Mankiwの「通貨の残高としての保有にも、通貨の在庫としての、キャリーイングに見合った減価を」という考え方には賛成しうるが、時間価値(セータ)のもうひとつの側面である「満期に近づくほど、ボラティリティの上昇(ガンマやベガ)がある」という仕組みがなければ、片手落ちのように思える。

つまり、このことは、金融政策の課題ではなく、財政政策の課題であり、それは、明日の商品価値の劣化を防ぎ、明日の商品価値の上昇を招きうるようなビッグ・プッシュ政策であると私は思うのだが、どうなんだろう?

これは、ある意味、インフレターゲット政策とのミックス・ポリシーとなるかもしれない。

わかりやすい表現になるか、わかりにくい表現になるかは、ちょっと、あれだが、水面に浮かぶ釣りの浮きが、だんだん、沈んで、動いているかどうか見えなくなってきているときに、インフレターゲット政策が、既存の浮きの上に棒を足して、見えやすくするのであれば、マイナス金利政策は、浮きの浮く中心を下げてしまって、浮きを水面に出してしまう、という政策ってことでどうだろう?

低金利先進国である日本においても、そろそろ、マイナス金利のスキーム構築のための検討が日銀政策当局でなされるべき時に来ているのかもしれない。

藤巻健史氏も、すでに、日本のデフォルトにつながる破滅的な長期金利高騰をみこしての、マイナス金利の日本への導入を、早くから提言しているようだ。

参考文献
Sweden: negative interest rates and quantitative easing
UNCONVENTIONAL MONETARY POLICY: FIGHT DEFLATION BY TAXING CURRENCY
Overcoming the Zero Bound on Nominal Interest Rates: Gesell’s Currency Carry Tax vs. Eisler’s Parallel Virtual Currency.」
Japan’s Lost Decade: Origins, Consequences, and Prospects For Recovery
中央銀行と通貨発行を巡る法制度に ついての研究会報告書

 

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