先日のFOMC発表後の急速な円高について、その原因が、アメリカの景気後退予測にある、などと言われているが、ドル売りの説明にはなっても、円買いの説明とはなっておらず、その指摘は本質を突いていない。
日本では、マスコミでも、ドル円相場だけをテレビで発表するせいか、円高になれば「円高ドル安」との言葉を使うが、確かにドルは円に対しては弱いが、では、他の通貨に比してどうかといえば、他の通貨に対しては、強いのである。
つまり、円に対してだけ、ドルは安く、その他の通貨に対しては、決して安くはないのである。
今、すべての通貨に対して、強いのは円であり、弱いのはユーロなのだ。
今回の円高の要素としては、次のようなものがありうる。
①円高と連動している日米国債の金利格差が、今回のFOMC決定後縮小しているという要素
②リスク回避通貨(Risk Averse Currency)として円がスイスフランとともに投機筋から選好されているという要素
③業績予想の前提になる産業界の想定為替レートに比較して相対的に円高となっているという要素
④ユーロ圏でのソブリン・リスク増大の余波と、ソブリンCDSスプレッド(ソブリン・クレジット・デフォルト・スワップ-Sovereign Credit default swap)拡大によるユーロ安・円高という、ドル圏事情とはことなるユーロ圏事情での円高という要素(参考-Markit)
⑤世界各国が自国通貨安について、為替介入せず、慇懃な無視をする方針に変わってきているという要素
今回のFOMCの発表後、ドルが売られ、円が買われたのは、FOMC声明でMBS満期到来分を米国債に振り向けるとの決定で米国債の金利が低下し、円高につながる日米国債金利差が縮小したことが大きい。、
ちなみに、日米2年もの国債の利回り格差は、FOMC声明前には、日本国債0.16 米国債0.65 であり、 日米利回り格差0.49であったものが、 FOMC声明後には、 日本国債0.14 米国債 0.50 となり、日米利回り格差0.36となり、これによって、日米の利回り格差は0.13縮小した。
参考
「米国債2年もの利回り推移チャート」
「日本国債2年もの利回り推移チャート」
また、ロンドン銀行間貸出金利であるRIBOR金利のドル建てと円建ての金利格差についてみても、8月2日と8月11日比較で、翌日物0.00593、3ヶ月もの0.06031、6ヶ月もの0.07619それぞれ縮小している。
参考
「LIBOR 日本円金利推移サイト」
「LIBOR 米国ドル金利推移サイト」
ここで円安時代を振り返ってみよう。
円も金利も安いときに、円ベースで借り入れて、これを円売りドル買いで、ドルに換えて、運用資金をドルロングポジション、円ショートポジションにして、円を売り持ちにしておく。
その後の円相場にもよるが、調達時の低金利と、円をドルに買えるときの為替差益と、円が安くなることで、ドルロングポジション、円ショートポジション自体も、利益を生み出すという、一挙三得が得られてきた。
その後、日本の政策金利は、これ以上下げられないという非負制約の元に事実上金利政策の無効化を迫られたが、リーマンショック以降、世界各国の金利の低下傾向が始まり、世界の金利と日本の金利との格差が縮まってきた。
こうなると、それまでの円キャリ時代の円ベースの借り入れを返そうとする動きが強くなる。
円ベースの借り入れ返済金を確保するために、ドル売り円買いが急激に増える結果、円があがってきた。
円が上がることによって、今度は、ドルロングポジション、円ショートポジションに損が出始めるので、急速にポジション解消にはいるうごきがでてきた。
ポジション解消によって、更なる円高に見舞われ、円キャリートレードの巻き戻しによる動きがいっそう強くなってきた。
これが、いわゆる円キャリのアンワインド現象である。
また、世界の高レバレッジ規制が、これに輪をかけてくる。
では、なぜ、日米の金利格差は縮小してきたのだろうか?
その質問は、逆に、「では、なぜ、これまで、日米の金利格差は広く温存され続けてきたのだろう?」という疑問にそのままつながる。
ここに、5年前に私が書いたブログ記事「日米金利差放置を求めるグレン・ハバードさんの意図は、ドル暴落阻止メリットにあり。」がある。
この時期は、まさに円キャリ全盛期時代の円安時代である。
しかし、このころには、すでにアメリカの為替政策に変質が見られ始めている。
本来、アメリカにとってドル安は経常収支の赤字につながり、レーガン時代の「双子の赤字」のように、巨額な財政赤字を抱えていれば、さらなるドルの暴落を招くものであるから、ドル安は阻止すべきものであったはずである。
しかし、スノー財務長官の時代にドル安容認発言がされてから、そのドル安阻止一点張りの方向は、変化してきた。
ドル安であっても為替介入せず、慇懃な無視(ビナイン・ネグレクトThe Benign Neglect of The Dollar )をする、という方向に変わってきた。
その方向転換の大きな要因になったのは、中国という巨大な市場の出現であったものと思われる。
中国市場という巨大な輸出入のバッファーがあることで、双子の赤字に対する金利、ドルの敏感な対応を不要にしてきた。
双子の赤字問題と、ドル高ドル安の問題とが、セパレートされてきたともいえる。
これまでは、自国通貨安となれば、輸入される価格が高くなって、輸入が減少してき、結果、貿易収支赤字は改善に向かったたが、今は、自国通貨安となっても、輸入インフレは起きないのだ。
一方、いくら巨大な財政赤字があっても、いくら巨大な貿易赤字があっても、そのこと自体で、自国通貨の高安とは連動とならない。
このように、アメリカの双子の赤字の存在自身が、もはや、ドル・円を動かさない要因になってきていた。
また、日米の金利格差が存続している以上、ドルの暴落はありえない、という安心感もそこにあったのだろう。
このように、ドル安の大きな要因は、アメリカが、もはや、双子の赤字解消のために、わざわざ、ドル高を志向する必要がなくなり、ドル安でもって、世界の経済の中での弱いふり競争をすることに大きなメリットを見出してきたからである。
だから、一人日本だけが円高阻止の国際的な協調介入を呼びかけても、G7国はどの国ひとつとして動かないのだ。
これまで見てきたように、まさに、今回の円高の要因は、日米金利格差の縮小によるところが大きい。
日本より政策金利が高い国であれば、自らの裁量で自国の政策金利を下げることで、それより低位にある他国との政策金利の金利格差を縮小させ、自らの国の通貨安に導くことができるのだが、すでに、これ以上金利を下げることができない非負制約のもとにある日本の場合には、マイナス金利政策でも採らない限り、それができない。
つまり、自らの裁量ではもはや自らの通貨水準をコントロールし得ない日本の円という通貨に対して、他の国は、リスク回避の逃避港としての限りない魅力を、そこにもとめているはずなのだ。
その意味で、他国にとっての円という日本の通貨は、
金利水準の非負制約に『追い込まれた通貨』、
自らの裁量を著しく制約された『去勢された通貨』、
としての都合の良さを備えた通貨としてみなされているのである。
キャリー・トレーダーが好む危機回避通貨(Risk Averse Currency)としての条件は
①アメリカとの利率の乖離が下方に著しく少ない国(スイス0.日本マイナス0.15)の通貨
②商品相場との連動性が少い国(オーストラリアとカナダとニュージーランドは失格)の通貨
であるといえる。
では、ほかに、日米金利格差を広げられる余地は、日本にあるのだろうか?
残念ながら、日本の政策金利が非負制約の下にあり、さらに、デフレが実質金利(「名目金利-インフレ率」であり、デフレの場合は、デフレ率の実数を名目金利に加えた数字)を押し上げている以上、皆無である。
もしあるとすれば、次の二つの選択肢しかないように見える。
ひとつは、マイナス金利を日本が志向すること(ご参考「デフレ・スパイラルから逃れられうるマイナス金利のスキームを日本でも検討すべきとき」)であり、もうひとつは、為替介入の変形として、日銀による米国債購入を志向すること(参考「「日銀による米国債直接購入」というバイパス的為替介入スキーム」)である。
しかし、現在の日本の弱体政権では、これら、いずれも、法律改正を伴う荒業には耐えられ得まい。