笹山登生のウォッチ&アナライズ –


2009年9月21日

マニフェスト・オブ・マニフェストが必要

Category: 未分類 – Tatsuo Sasayama – 1:50 PM

マニフェストは所詮、選挙向けの浮世絵的存在だ。

いわば、ドットの荒いプリンターでえがかれたデザイン図のようなものだ。

現場からのフィードバック回路を欠いた、ある意味、一方的なものでもある。

マニフェストに掲げられた内容に、さらに、フィージビリティ・スタディを加えて、さらに、それに、現場からのフィードバック回路をも加えて、行政が咀嚼・嚥下しやすいものに加工しなおさないといけない。

そうでないと、支持された票を失うまいと、その粗雑なマニフェストを律儀に守ろうとする政党も、その律儀に守られることでマイナスの影響を受けうる国民も、行政も、不幸になるばかりだ。

そのためには、マニフェスト・オブ・マニフェストというようなものが必要な感じがする。

ここいらで、マニフェストのスキームにこだわられる北川正恭さんを含めて、マニフェスト・スキームの再検証とマニフェスト・オブ・マニフェストのスキーム構築が必要な時期のようにも思える。

いわば、狂気のマニフェストから国民が逃れうる、サーキットブレイカー(回路遮断器)の構築が必要なのだ。

バイエルン王で、狂王と称せられたルートヴィヒ2世は、騎士伝説を実現すべく、ノイシュヴァンシュタイン城などを次々と立ててきたが、晩年は、それによる国家財政の疲弊で、「神経を病んだ王」として、世間から退けられ、最後は、シュタルンベルク湖畔で死体となって発見されたが、その知らせを受けたエリーザベト皇后は「彼は決して精神病ではありません。ただ夢を見ていただけでした」と述べたという。
(私もこのノイシュヴァンシュタイン城の中に入ったことがあったが、上の階に行くごとに、彼が引きこもりに使ったのか、妙な穴ぼこのようなものがたくさんあって、気味の悪い思いをした。彼は、閉所恐怖症(Cave Claustrophobia)の反対の閉所快感症(voluntary shut-in)だったんだろうか?)

彼ルートヴィヒ2世にとっては、この騎士伝説(Knights and Chivalry)が、彼にとっての夢であり、かつ、マニフェストだったのだろう。

もし、この狂王にいまどきのようなマニフェストをもたせたら、彼は、それをいいことに、もっと、城をつくり続けていたに違いない。

つまりは、世間的な支持と、そのマニフェストの中身とは、必ずしも、一致はしない、ということである。

それを勘違いし、世間的な支持で、マニフェストが支持されたのごとく、教書を振り回しているのが、今の民主党政権だ。

このように、マニフェストは、反面、別の狂気への認知されたアクセレーターともなりうるものなのだ。

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