笹山登生のウォッチ&アナライズ –


2009年11月3日

あまりに不親切な、農林水産省の「戸別所得補償制度についての国民からの意見募集」

Category: 未分類 – Tatsuo Sasayama – 3:14 PM

この「戸別所得補償制度に関する意見の募集について」からリンクされている 「戸別所得補償制度に関するモデル対策」が戸別所得補償制度の概要というもののようだが、きわめて不親切な解説なので、わかりずらい。

文章がたったの7行と、それに説明なしの簡単なポンチ絵。

ポンチ絵には、脚注も、ありゃしない。

このあたりも、「政治主導」だったんかしら?(w)

これで、どうやって判断するの?

意見募集するからには、その意見の元となりうる政策のプレゼンテーションは、しっかり綿密にやってもらいたいものだ。

そうでなければ、意見の仕様がない。

もっとも、それがねらいなのなら、それまでだが—

特に知りたいのが、標準的な生産に要する費用、標準的な販売価格、当年の販売価格、の算定方法だ。(このあたりは、突っ込みどころ満載なのに、これについては、何にも書いてないじゃあないですか。)

そこで、こちらのほうで、ここに書かれてあるポンチ絵から判断して、かわって説明を補足してあげると、次のようなことらしい。

標準的な生産に要する費用(過去数年分の平均)(家族労働費8割+経営費)
マイナス
標準的な販売価格(過去数年分の平均)

価格水準にかかわらず交付する定額部分

補償対象の米価水準=標準的な生産に要する費用

ではあるが、これが補償金額というわけではない。

補償金額

①標準的な生産に要する費用 > 〔定額部分(標準的な生産に要する費用-標準的な販売価格)+当年の販売価格〕
の場合

補償金額=定額部分+(標準的な生産に要する費用-当年の販売価格-定額部分)=標準的な生産に要する費用-当年の販売価格

②標準的な生産に要する費用 <  〔定額部分(標準的な生産に要する費用-標準的な販売価格)+当年の販売価格〕
の場合

補償金額=〔定額部分(標準的な生産に要する費用-標準的な販売価格)+当年の販売価格〕-当年の販売価格=定額部分(標準的な生産に要する費用-標準的な販売価格)

価格水準にかかわらず交付する定額部分というのは、ここ数年の慢性的な標準的赤字部分についての補償を意味しているようですね。

そこで

①当年の販売価格が例年よりも低く、定額部分を加えても、標準的な生産費用に達しない場合は、
標準的な生産費用に達するまでは「定額部分+アルファ」で補償します。

②当年の販売価格が例年よりも高く、定額部分を加えると、標準的な生産費用をオーバーしてしまう場合には、
「標準的な生産費用水準に達した時点で定額部分の一部をアシキリにする」ようなことはしないで、定額部分まるまる補償します。

ということらしいのですが。

まあ、こうしてみると、この公式を、そのまま、アメリカの「2002年農業法に基づく直接・不足払い補助金制度(DCP:Direct and Counter-cyclical Payment)」の公式に当てはめてみると、そのそっくり度がわかるんですが。
参照「覚書-民主党の戸別所得補償制度とアメリカの直接・不足払い補助金制度(DCP:Direct and Counter-cyclical Payment)との違い」
http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=1097

「2002年農業法に基づく直接・不足払い補助金制度(DCP:Direct and Counter-cyclical Payment)の公式」
は、上記のブログ記事で書いたとおり、次のものですね。

不足払い額単価(CCP PaymentRate)=目標価格(Target Price)-有効価格(Effective Price)

ここで、

不足払い額単価(CCP PaymentRate)=戸別所得補償制度での「価格水準にかかわらず交付する定額部分」

目標価格(Target Price)=戸別所得補償制度での「標準的な生産に要する費用(過去数年分の平均)(家族労働費8割+経営費)」

有効価格(Effective Price)=戸別所得補償制度での「標準的な販売価格(過去数年分の平均)」

とおきかえてみますと、そっくりですね。

で、

アメリカのほうの「標準的な生産に要する費用=補償対象の米価水準」である
目標価格(Target Price)の算出は、ヒストリカルな統計データから、the direct payment rate, market price 、 loan rateを勘案し、法定のベンチマーク(statutory benchmark)として算出

標準的な販売価格の算出は、ちょっと複雑になっていて、

有効価格(Effective Price)=
直接支払い額(Direct Payment Rate)(直接支払い額単価(定率支払いレート(payment rate )×基準面積(base acres )×農場プログラム産出高( farm program yield)×85パーセント)

市場年度内に農業生産者が農作物の販売で受け取る全米平均市場価格の高い数値

商品農作物の全米での平均ローンレート(the commodity national loan rate 融資単価)の高い数値
となっています。

(目標価格-直接支払額)が、市場年度内の全米平均市場価格の最高値を上回った場合は、不足払い額(CCP PaymentRate)は、ゼロとなる。—こちらのほうは、アシキリありですね。

直接支払い額単価(Direct Payment Rate)=定率支払いレート(payment rate )×基準面積(base acres )×農場プログラム産出高( farm program yield)×85パーセント

このアメリカの2002年農業法に基づく直接・不足払い補助金制度(DCP:Direct and Counter-cyclical Payment)が、いま、WTOで黄色の政策(amber box)として指弾され、では、「新・青の政策(New Blue Box)として、認知させようと画策したが、これも失敗し、WTOから、その改革をせまられているのは、農林水産省も、先刻ご承知のはずなのですが—

おまけに、2008年農業法にもとずき、オプションとして付け加えられたACRE支払いについても、アルゼンチン、オーストラリア、カナダの代表からの厳しい批判にあっているという有様。

よりにもよって、アメリカの、今見直しを迫られている旧バーションの貿易歪曲的スキームを、日本が、この時期になって、いまさら、まねをするとは、これいかに?

(アメリカの「2002年農業法に基づく直接・不足払い補助金制度」支払いについての近時のドーハ・ラウンド交渉での論点については、このサイト「Can the United States Meet Its Prospective Doha Commitments under the 2008 Farm Bill?
http://www.inai.org.ar/sitio_nuevo/archivos/20-02-2009%20Final%20report%20US%20subsidies.pdf
をご参照)

ちなみに、WTOガ認める緑の政策の条件と、直接支払いの条件を、以下に掲げておきますが、もし、個別所得補償方式が上記のスキームであるとすると、かなりの部分で、WTOコンプライアンスに背馳してしまうことになりますね。

緑の政策の条件

①支払いは、現在の価格と関連してはいけない。 (「当年の販売価格」は、まさに、「現在の価格」ですよね。)
②支払いは、現在の生産と関連してはいけない。(「標準的な生産に要する費用」の算出で、大いに、「現在の生産」と関係してきてしまいますね。)
③支払いは、何らかの生産を要求されての支払いであってはならない。

直接支払いの要件

①その支払いが、生産の決定にリンクしてはいけない。(「水田利活用自給力向上事業」は、品目別の直接支払いですよね。品目横断(non-commodity specific)では、ありませんよね。明らかな産品特定的な助成(commodity specific) ですよね。どうして、こんな時代錯誤的なスキームを、いまさら引っ張り出してきたんだろう?)

②直接支払いを農業者が受領することによって、この支払いが、農業生産のタイプや生産量に影響を与えるものであってはならない。(個別所得補償のほうがいいってんで、すでに、農地の貸し手は、受託・委託スキームから抜け出し始めていて、「農業生産のタイプ」に大影響を与え始めていますね。)

③この直接支払いの金額が、その後の一定期間における生産、価格、生産要素とリンクしたものであってはならない。 (当年の「標準的な生産に要する費用」も「標準的な販売価格」も、「過去数年分の平均」のうちの一年分としてカウントされ、その後も「補償金額」は,因となり、果となって、グルグルとローリングして、計算されていくのですから、完全に、「補償金額」は「その後の一定期間における生産、価格」にリンクしてきますよね。)

④直接支払いを受けても、それによって、生産を要求されるものではない。

⑤その直接支払いの意味するところが、次のものに関係している場合には、別の基準によるものとする。

デカップリング所得補助、所得補償、セーフティーネットプログラム、自然災害救助、構造調整プログラムによったもの、環境プログラムによったもの、地方支援プログラムによったもの

知らぬが仏とは、怖いもんですね。

それに比べて、品目横断的経営安定対策は、WTOコンプライアンスをスレスレすり抜けたスキームの傑作のようにも見えてしまいますね。

これには、今の井出道雄事務次官も、今はなき須賀田菊仁さんも携わったスキームで、WTOコンプライアンスすり抜けスキームとしては、歴史にのこる名スキームと、評価したいですね。(ww)

それにしても、まあ、よくも、こんな不親切な説明で国民の意見募集をするものだと、あきれ返る。

しかも、10月23日にサイトにあげて、締め切りが平成21年11月10日(火曜日)正午必着というのは、あまりにひどすぎるんじゃあないかと。

意見があまりこないことを意図しての、通過儀礼以外の何者でもありませんね。

これは。

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