笹山登生のウォッチ&アナライズ –


2025年5月6日

復刻版「米国債保有は、日本の財政再建の最後の足かせとなるのか?」(7/19/2004記載ブログ記事の復刻版)

Category: 未分類 – Tatsuo Sasayama 10:17 AM

(この記事は、もともとは、7/19/2004に旧ブログサイトに書いた記事だが、その後、何者かによってハッキングされていたものを、WayBackによって再現したものである。WayBackでのURLは下記のとおりである。

https://web.archive.org/web/20040803050826/http://www.sasayama.or.jp/wordpress/index.php?p=33

その後も、この記事の所在を求める向きもあるので、ここに再掲する。) (2025年5月6日)

 

本文

7/19/2004

米国債保有は、日本の財政再建の最後の足かせとなるのか?

橋本龍太郎さんが、首相当時の1997年6月23日、、アメリカのコロンビア大学での講演を終えた後の質疑応答でのコメントで、ジョーク交じりに、日本保有の米国債売却の可能性について触れた。

この質疑応答の部分は、公式の講演報告書には入っていないので、正確を期すために、詳細なやり取りを、このサイトにもとづいて、以下に記してみよう。

まず、聴衆の一人から、次のような質問があった。

「過去二十年間にわたって、アメリカのドルは、円に対して、その価値を、半分近く減価してきたという事実を考慮すれば、日本や日本人が、米国債を蓄積し続けることに、長期的な利益があると、あなたは思われますか。」

これに対して、橋本総理は、次のように答えられた。

「この場には、アメリカ連邦政府の職員の方はいらっしゃいませんでしょうね。
本当のことを申し上げれば、われわれは、大量の米国債を売却しようとする気になったことは、幾度かあります。
たとえば、ミッキー・カンターさんとやりあったときとか、アメリカが国際準備通貨としてのドルの役割を維持しようとしなかったときとかですね。
米国債を保有することは、われわれにとって唯一の選択肢ではないのです。
むしろ、米国債を売却して、金を購入することも、もうひとつの選択肢なのです。
でも、日本がいったんそのようなことをしようとなれば、アメリカ経済に計り知れない衝撃を与えることになりますよね。そうじゃないですか?
多くの国が、米国債を、外貨準備高として、保有しています。
これらの国は、ドルが下落しても、米国債を買い続けるでしょうし、そのことは、アメリカ経済にとって、かなりの支えになるはずです。
私は、そうなることを願っているのですが、アメリカが為替レートの安定性の維持に努力し、協力するであろうことは、かなり、明白なはずです。
ですから、われわれは、米国債を売却し、外貨準備を金に変えようとしたい誘惑に、屈服することはないでしょう。」

との発言をされた。

翌日のニューヨーク市場は、1987年のブラックマンデー以来最大の192ポイントの下げ幅を記録した。

その後、日本政府の否定により、沈静化したが、当時、これは、単なるジョークや即席の発言(the cuff remark )ではなく、アメリカの円高誘導に対するけん制(threat)を意図したものだとの説も、流れたのである。

1998年12月17日のニューヨークタイムズは、バンカーズ・トラストのWilliam Overholt氏の例えとして、大恐慌の時の大統領に橋本さんをなぞらえ「ハーバード・フーバー・ハシモト」(フーバー大統領の名前はHerbert C Hoover であるところから、アメリカ恐慌を引き起こしかけた橋本竜太郎さんとの揶揄であろう。)との記事を出した。

この一件があった後、日本保有の米国債売却の話は、日米間でタブー視され続けてきた。

一方、近年の大量の為替介入の結果、日本の保有する米国債は、さらに、増えに増え続けている
そして、これにもまして増え続けているのが、中国であり、今では、1997年当時の約2.4倍に当たる1200億ドル以上に達している

橋本総理の発言当時の1997年の米国債の発行残高は、5兆4075億ドルであり、そのうち1兆5千億ドルは米国の公的基金が保有しており、この分は市場に出回らないものであった。

残り3兆5千億ドルのうち34.4%が日本などの海外勢が保有していて、日本は海外勢ではトップで、3兆5千億ドルの8.5%の約2,900億ドルを保有していた。

英国がこれに続き、あとはドイツ、中国の順番で、中国は1.5%の約500億ドルの米国債を保有していた。

当時、日本政府は外貨準備高2,200億ドルの大半を米国債で運用しており、日本の保有額2.900億ドルの半分以上は日本政府の保有であった。

では、現在の状況はどうなのだろう。

政府は、米国債の保有残高を公表していないが、2003年末で、4000億ドル程度と見られている。

これは、1997年当時の日本政府の保有高の約38パーセント増しに当たる。

一方、米国債の発行総額は、2003年7月時点で、6兆7510億ドルと、1997年対比、25パーセントの伸びにとどまっている。

また、このうち、市場性国債が、全体の50.6パーセント、非市場性国債が、全体の49.4パーセントを占め、このうち外国政府向けは、0.2パーセントに過ぎない。

海外保有率は、1997年当時が、20.6パーセントなのに対し、2002年は、18.9パーセントにダウンしている。

このように、米国債の発行総額の増加率に比し、日本政府の米国債保有額の増加率は、著しく大きく、また、米国債の海外保有率がダウンしている中で、日本の保有率が上昇しているといういびつさを見せている。

日本政府の米国債保有率が上昇しているのは、ほかならぬ、円高を是正するために日本が行う巨大化する「円売り・ドル買い」の為替介入の結果である。

政府は、為替介入資金を管理する外国為替資金特別会計で、国債の一種である政府短期証券(外国為替資金証券)を発行して、金融市場から円資金を借り、日銀を通じて外国為替市場で、その円資金をドルと両替する。

それで得たドルで、政府は米国債を買って運用する。

いわば、米国債と、政府短期証券(外国為替資金証券)とは、両建ての関係にあるのだ。

世界最大の債権大国ニッポンの中身とは、実は、このような両建て関係に支えられた名のみのものなのだ。

それでも、米国債を買い続ける大儀名分として、政府は、両国の金利差に求めている。

すなわち、政府は、日米の金利差で、累計28兆円の運用益があるとしている。

橋本発言の1997年の為替介入実績が1兆591億円であったのに対して、2003年度の為替介入総額は、32兆8696億円に達しているという。

米国債保有増加の原因が、ほかならぬ巨大な為替介入の結果であることが、このことから見ても、分かる。

この米国債保有増加の見合いで増加している外国為替資金証券の増加はどうであろう。

1997年4月の外国為替資金証券の金額は約38.8兆円であり、全国債・FBの発行残高に対する比率は13.6%であった。

2002年度末の発行残高は56兆5000億円であり、その後の巨額介入で、外国為替資金特別会計の借入限度枠である79兆円をオーバーすることになったため、2004年度には、借り入れ限度額を140兆円に拡大した。

この外国為替資金証券は、短期国債であり、原則3ヶ月ものであるが、実際は、借り換えの繰り返しによって、長期固定化している。

すなわち、巨額化する国債発行残高の増嵩の大きな要因となっているのだ。

橋本総理の発言当時、そのあまりに影響の大きさに、「橋本総理は、経済オンチ」などの酷評も、一部に見られた。

しかし、その後の米国債の保有動向を見ると、あながち的をえないものではなく、むしろ、この橋本発言は、現在の異常さを見通した発言だったのかも知れない。

特に、9.11以後のリスクヘッジとしての金の相場の堅調などを見ると、「米国債保有のかわりに、金保有を」という発想は、正鵠を得ている。

(近年になり、この忘れかけていた橋本発言の悪夢が、中国の米国債保有増加に増幅され、再び思いだされ、このサイト The Hashimoto Factor) のように、「第二の橋本発言が出るのではないか」と、アメリカ人をいらだたせているようだ。(もっとも、奇妙にも、この The Hashimoto Factor の記事は、日本では、まったく無視されていたのだが。)

日本が米国債の海外保有の相当量を、為替介入の結果として保有しているということは、日米経済にとって、硬直した関係を生んでいる。

日本がいくら、為替介入の結果として、円安ドル高の結果を得たとしても、これまで、ドル安時代に購入した日本保有の米国債についての含み損が発生する。

介入の効果が無く、介入をやめたとしても、日本の買いざさえを失った結果としてのドルの暴落による影響を、日本政府は、米国債の暴落というかたちで、まともに受けることになる。

では、このような為替介入と米国債と国債残高増嵩という、三つの「結ぼれ」を解きほぐすためには、どうしたらよいのだろうか。

これには、アレルギーの減感作に似た対応が必要だろう。

たとえば、為替介入に急速な終止符を打つのではなく、日銀による米国債の直接購入の措置を拡大し、一方で、満期到来分の米国債償還による日本政府保有米国債の漸減を計るというような、異種の冷房と暖房とを交互にかけながら軟着陸を図る方法もあるだろう。

また、累増する外国為替資金証券については、借り換え回数の制限化を図り、実態に見合った長期証券へのなんらかの切り替えを図り、財政再建目標の一環として、外国為替資金証券についても、厳格な対応をしていくべきであろう。

小泉改革は、最後の改革としての財政再建をせまられている。
しかし、当座しのぎで続けてきた日本経済のカンフル剤としての為替介入の残滓が、財政再建への最後の足枷と、いよいよ、なりつつある。 終わり